前回、魂の谷山・志村予想を見つける旅を始めますという記事を書きました。
その話が少し進展したので、書きのこしておきます。
考える内容・やり方
- 筆記具が好き、身の回りに置くものへのこだわり
- ADHD、HSP、セクシュアリティ等のバックボーン
この二点に関係があるか、つながりがあるかを考える。
やり方はセルフコーチング、友人のこてんさんに見守ってもらいながら進める。
事前に自分で考えたこと
「万年筆が好き」というのは、「身の回りに置くものにこだわる」の結果だと思う。
これは、自分の身の回り(手の届く範囲。物理的にも、概念的にも)に置くものを、自分で決めたい、自分で選び取りたい、という思いである。
他に、自分の特徴として、「道のりを楽しむ」ことが挙げられる。「自分のペースでたどり着きたい」という思いがある。
例)本の速読をしない、コーチングよりセルフコーチングが好き
万年筆の好きなところ
- ペン先が育つ楽しみ
- インクなど、カスタマイズができる
- 身の回りに置くことで、自分の身の回りを自分で選び取っている実感
考えたいこと
- 意識して身の回りに置いているもの
- 意識して身の回りから遠ざけているもの
- 自分の身の回りに置くものの理想はどういうもので、理想が実現したら何をしたいか?
話題1:身の回りに置いているものと理想
意識して身の回りに置いているもの
機能的なもの。「自分にとっての最適解」を求めたがる(もし壊れても、まったく同じものを買うはず)
勉強するもの。英語のテキストとか
シンプルなもの
身の回りから遠ざけてるもの
気分を害するもの
平穏を乱すもの
余計なものを目にしたくない
身の回りに置くものの理想図
鞄を変えたい、靴を変えたいなど、現実的なものが多い。
部屋をもっとスッキリさせたかったりもする
(整理しても、また溜めちゃうから、しくみが欲しいところではある)
住む場所を変えたい(UberEATSがいつでも注文できるところ)
定期的に断捨離ができるしくみ
スッキリしたら何をしたいか
もっと快適に、今と同じことをしたい。
のびのび生きられる。
才能を、より生かせる
わりと理想的だった頃のこと
ひとつめは、幼少期。親がなんでもやってくれる。
ふたつめは、中高。制服が決まっていて、食べるものを考えなくてよくて、ルーチンがある。
理想的だったとき、自分はどういう様子だったか?
→否定されない。目の前のことをやっていれば、毎日が過ぎていく。
→「毎日が過ぎていく」とは、「勉強していれば社会からOKをもらえる」「勉強していれば、自分にOKを出せる」「社会の中でポジションを自分で選べる」
そういえば、ストラテラを減らしたい
ストラテラを使っている実感として、「IQが下がっている」と思う。
自由な発想・突飛な発想を怒らなくする。
「遅刻しそうなときに、本を1ページ読んでも大丈夫じゃないか」みたいな妄想を抱かない。
かわりに、「クイズ番組に答えられないことが多い」「思考速度が落ちていると思うことが多い」
本当に自分の良さを生かすなら、ストラテラ2錠とかのほうが、実力を発揮できるのではないかと思っている
話題2:自分の才能をどう思っていたか、自分の才能の定義を歴史を振り返る(前)
幼少期
勉強は苦手だった記憶はないが、そもそも才能とは「10万人にひとりとかが持っているもの」だと思っていた。
ピアノを一回聞いたら全部弾けちゃうモーツァルトとか。100年にひとりの天才みたいな。
なんとなく、自分は誰かの下位互換みたいに思っていた。
小学校高学年~
市の一斉テストでかなりの一番だった。もっと前から塾に行っていた人もいるのに。
このとき「自分は誰かの下位互換ではないのでは?」と思った。
勉強が楽しかった記憶1
小学校5年の地理
都道府県と県庁所在地を全部暗記したら、その範囲のテストで答えが全部書ける。
今で言うと当たり前のことだけど。楽しかった。
勉強が楽しかった記憶2
中学2年の漢字検定。
出る順問題集を、ひたすら繰り返し書いた。ミスしたものにチェックして、また書いた。
毎日5時間くらい、4日ほど書き続けたら、過去問で130点くらいしか取れなかったのが、175点くらいとれるようになっていた。(合格点が160点くらい)
「適切に勉強したら、合格点を取れる」とわかった。
前半総括
- 才能には、努力で磨きをかけることができる
- 才能は、生かし方次第
- 生かせる場所に身をおく大切さ
などを学んできた。
ここで休憩を10分挟みました。