ジェンダー自分史書いたのであげてみる

最近、FTM診断書が出るのかなあと病院に通い始めました。

そこで、自分の今までのことや家族構成をまとめるように言われ、ジェンダーに関する自分史を書き出しました。

ブログにも記載しておきます。

幼少期の記憶

・スカートが嫌だった記憶はないけど、スカートが嬉しかった記憶もない。
・白雪姫やシンデレラの絵本を読んでもらったが、かっこよく馬に乗ってお迎えに来る王子様になりかった。

幼稚園

・女の子にカテゴライズされるので、女の子サイドに合わせて行動していた。自発的に女の子と自覚したことはない。大きく反抗した記憶もない。
たとえば、運動会で「あなたは紅組ですよ」と言われたから赤い帽子をかぶるというような。
チームわけのようなものだと感じていて、男女差というものがわからなかった。

小学校低学年

・幼稚園と変わらず。
・友達(男の子)が持っているミニ四駆を親にねだって、買ってもらえなかった。
・楽しかったのは、男友達とバトエンしてたとき。
・ボーイスカウトに入りたい(結び目の作り方を習うのがかっこいいと思った)と親に言ったところ「女の子はガールスカウトだよ」と言われたので冷めてやめた。
・野球をやりたいと親に言ったところ「女の子はソフトボールだよ」と言われたので冷めてやめた。ソフトボールの試合を見てみたら、胸があってお尻が大きかったので、なんかイメージと違うなと思った。

小学校高学年

・友達が「好きな男の子いる?」と聞いてくるようになり、「好きな男の子」を作らなくちゃいけないんだな、と感じた。
・第二次性徴期が遅く、小学校六年の夏まではただの子供体型だった。そのためプールや水着が嫌だった記憶はない。
・男友達と遊んでいるときが面白く、女子から「〇〇くんのこと好きなんでしょ」と言われて困った。男友達と戦国武将のオリジナルのカードゲームを作っていた。
・親とテレビをみていて、SMAPや嵐、V6の中で誰の顔が好きかを聞いてくるので困った。興味がないからか、まず顔が覚えられない。SMAPは全員覚えたけど、「誰の顔が好き?」と言われると「どういうこと?」って感じだった。「顔がかっこいい」が分からなかった。

中学(女子校)

・制服だったのでスカートにはだんだん慣れた。
・水泳の授業はなかった。
・中1の秋にはじめて性的な夢を見たが、相手が女の子(部活の先輩)だったので驚いたが、女子校にいるから、身近に男性がいないからかな、と思っていた。
・この女の先輩のことが数年間好きだった。
・相変わらずイケメン(ジャニーズなど)にハマれない
・生理がきた。「ふーん」という感じ。痛くて辛かった。でも、来ないといけないらしかったからきてあんしんした。
・友達が生理を「女の子の日」と言っているのを聞いて密かにキレていた。性を肯定してるみたいだったから。
・胸が大きくなるのが、女になっていくみたいで嫌だった(うまく言えない)

高校(女子校)

・受験勉強ばかりしていた
・はじめて恋人(女性)ができた
・性自認の違和感を自覚する
・後輩にモテた。かっこいいと言われて嬉しくてカッコつけまくった。
・LGBTという概念を知った。自分が何に当てはまるかわからなかった。
・1個下にFTMの人がいた。スカートが履けなくて苦労していた。のちに退学する。僕は「自分の場合はスカートが履けないほどの違和感ではない」と思った。
・当時は、異性愛男性、異性愛女性、LGBTしかセクシュアリティがないと思っていて、Tは FTMかMTFだと思っていた。自分が先述の後輩のようなFTM(LGBTのT。女性に紛れて日常生活が送れないほどの違和感がある人)でないなら、何だろうかと思った。

大学生

・共学へ(ほぼ男子)
・校則がなくなり、メイクをし、スカートは私服として自ら選んで履かなくてはならなくなった。一切楽しくなかった。
・はじめて彼氏ができた。男子とお付き合いできる=女性になれる、女性に紛れてやっていけることの証明みたいで嬉しくて彼氏をつくった。彼氏がいれば、自分は女の子でいられると思った。
・ここから「自分は女性としてやっていける」という安心感のために彼氏を作りまくった。(10人くらい。別れて1ヶ月以内に次の彼氏をつくる。)
・いっぽう、男性に女性扱いされることに心底イライラしていた。荷物を持ってあげる、上り階段では後に、下り階段では先に。道路を歩くときは車道側を歩きたがる。レストランでは僕の注文を聞いて、店員とのやりとりは自分がしたがる。「飲み物要るだろ? コーヒーでいい?」とかカッコつけてくる。車がくると僕の手を引いてよけさせる。もっとスマートにやれよとキレていた。僕が女の子をエスコートするならもっとスマートにできると思った。
・そんなことを考えながら、「かわいい女の子とデートして、いっぱい甘やかしたいな」とか思っていた。女の子にかっこつけるために身長があったらいいなと思った。身長が165あれば、男装して生きられたのに、と思った。
・先述の後輩が埋没(ごく普通に男性として生きること)できないまま亡くなっていたことを知る。ショックだった。
・このあたりから、「女性に紛れて生きていけるなら、性自認への違和感は墓場まで持っていこう」と考え始める
・大学は同じ学部の9割が男性、その中で親しくなったのはみな男性だった。男性6人+自分でよく学問の話をした。1割の女性とはほとんど喋らなかった。
・男性数人+自分、のメンバーでよく飲み会に行った。男性同士で交わされる下ネタで盛り上がった。自分がいても遠慮されず、一緒に話せて楽しかった。
・20歳、うつ病で倒れる(のちに分かるがADHDの二次障害だった)
・男性を好きになった。大学の後輩。バイセクシャルなのかなあと思った
・2011年、22歳のとき、東日本大震災のとき大学が休校になり、することがなかった。先述の好きになった後輩が好きだった美少女アニメのアニソンをYouTubeで見たのをきっかけに、女性声優さんにハマった。笑顔がかわいくて、肉付きがよくて、スタイルが好みだった。

大学院

・相変わらず彼氏をつくっていたが長続きしなかった
・うつ病で大学になかなか行けなかった
・女性声優さんのファンクラブに入った
・女性声優さんのファンアカウントをTwitterでつくった。女性であることを隠していたら、多くの人に男性だと思われて、男性同士として話せた。嬉しかった。
・性自認への違和感は墓場まで隠しとおすことに決めた。自分でも思い出さないようにしたら忘れられると思った。

大学院卒業後

・男性の声優さんにハマる。ファン友達(多くは女性)ができた。ただ、その声優さんにファン心だけでなく「男性として好き」な気持ちを上乗せしているのを端々に感じ、スタンスの違いに嫌悪感を持った。自分と同じ「好き」、即ちただ「頭の回転が速い・尊敬」という気持ちで「好き」と言う人には出会えなかった。
・ADHDを疑いはじめ、医師に相談し、ADHDの診断をもらい、ADHD薬を飲みはじめる。ここから、うつが一気によくなる。
・友達に誘われて、アニメの男性キャラのコスをした。胸を潰してシャツを着たとき、嬉しかった。しっくりきた。しかし、あまりに苦しかったため、日常で胸をつぶすのは諦めた。
・オンラインコミュニティに入った。そのコミュニティでは男女の扱いの差がなく、過ごしやすかった。実は性自認に違和感があって、男性とも女性とも付き合ったことがあるんですよ、と言うようになった。
・Xジェンダーという言葉を知った。「戸籍を男性に変えたい」とまでは思わない=FTMではないと判断して、FTXということにしたが、微妙に違和感があった。自分は両性でも無性でもなく、「生殖器や戸籍にこだわりがないだけで、周りの人には男性として扱われたい」とずっと思っていたから。
・タスク管理やライフハックに興味をもち、「自分を女性だと言い聞かせること」より「髪を乾かす時間が勿体無い」を優先することにする。髪をショートにした。
・この頃から、鏡にうつる女性(自分)への違和感が大きくなる。男性らしい肌、肉付きだったらいいのにと思う。
・FTXにはホルモン治療はされないと知った。自分の性自認がFTMであるかは自信がなかった。
・ショートにして、いろんな人に「似合う」「かっこいい」と言われてうかれた。だんだん髪を短くした。
・性自認に違和感があり、女性とも付き合ったことがあると知っている友人の一人に「かっこいい路線でいけば」と言われて、その日の夜にこっそりアーチ眉を消して男性みたいな眉を描いてみた。心地よくて、もう戻れないと感じた。あるべき姿だと感じた。今まで肺を半分しか使っていなかったんじゃないかと思うくらい、呼吸がしやすくなって驚いた。初めてメイクが楽しかった。
・女性としてのベリーショートから、メンズカットにした。
・スカートを全て処分した。自分に「もうスカートを履かなくていいよ」と言ってあげた。心が楽になった。
・トラシャツを購入した。ボーイズ服を買った。
・方方に「女性として生きるのを諦めた」と言った。
・セクシャルマイノリティの人たちの多様性にふれ、「手術して戸籍を変えなければ生きることすら難しい」というのは狭義のFTMなのではないか、FTMの意味はもっと広いのではないかと思い始める。

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