℃-uteが解散してからも好きになり続ける苦しさと、その苦しみから解脱した話。
「来年はライブに行きたい」と思っていた
2017年6月、℃-uteが解散した。
そのときも確かに℃-uteが好きだったけれど、今はもっと好きだ。
解散してからも何度も曲を聞いたし、PVも見た。たぶん毎日聞いている。
見るたびに、聴くたびに、℃-uteの魅力に気づく。
たぶん、解散してから気づいた「℃-uteのすごいところ」は、もう100個を超える。
そのたびに、℃-uteを好きになる。
最初は、そのことが苦しかった。
もっと早く好きになっていたらよかった、と思うから。
2016年秋、「来年の℃-uteの日(9月10日)までにはもっと℃-uteの曲を知って、ライブに行きたい」と思っていたら、翌年6月の解散が発表になった。
勇気がなくて、ライブには行けないままだった。
それまでの人生も、後悔をしないように生きてきたつもりだったのに、℃-uteだけは解散しないような気がしていた。
「好きこそが上手なれ だからいつまでも続けられる」「遠きゴールを目指すだけさ 好きなことなら続く」の歌詞に甘えすぎていた。
あとからこんなに好きになるなら、解散が決まってからでも、CDのイベントやライブに行けばよかった!!!
後悔や、もっと早く出会いたかったという苦しい気持ちを何度も繰り返して、その苦しみから解脱した。
だけど、知らないままより、知ることができてよかった
℃-uteを知ることができてよかったのだ。
℃-uteに出会うまでに死ななくてよかったし、
℃-uteを知らないまま死ななくてよかった。
℃-uteは「既に解散してしまった、最強のアイドルグループ」としてこれからも長い長い期間、ひとの心に存在し続けるだろう。
その長い長い期間と比べれば、℃-uteが活動していた期間は本当に少しだ。
℃-uteが生きている時代に、生まれてきて、知ることができて、本当に良かった。
知ることができて、好きになれて、ほんとうによかった。
こんなにすごいパフォーマンスをする5人組をほかに知らない。
ぼくがどんなに落ち込んでいるときでも、ライブ映像を30分も見ればいつの間にか笑顔になっている。ぼくにとってそんなグループは℃-uteだけだ。
これからも堂々と、自信をもって、好きになり続けよう
解散してからも℃-uteを好きになりつづけてしまうのは、℃-uteに数えきれないくらい魅力がある証拠だ。
きっと、いつ℃-uteに出会っていたとしても、「解散してからも好きになり続ける」ことは同じだと思う。
それだったら、これからも元気に℃-uteを聴きたいし、見たい。
まだ持っていないDVDもあるから、購入したい。
それに、今後だって℃-uteのファンが増えていったらいいと思う。
後ろめたくなんか思わずに「なんで解散しちゃったんだろう、残念だなあ」って思いたい。その通りなんだから。
解散してしまった事実は変わらないのだから、これからも℃-uteを愛し続けたほうが、メンバーも喜んでくれるだろう。
℃-uteが活動していたころも、今も、これからも、変わらずに、
「舞美さんは本当に美人さんだなあ、大きな夢を翳したら美人さんになったなあ」
「愛理ちゃんはカメラ目線でぶりっ子するときもカワイイなあ流石だなあ」
「なっきぃは腰の位置が高いなあ。見栄えがしていいなあ」
「『Kiss me 愛してる』は岡井ちゃんの歌声があってこそだなあ」
「まいまいは綺麗に踊るなあ。パートがないときも口が動いてて、いいなあ」
「歌うまいなあ」
「みんな可愛いなあ」
とか、たくさん、感じていきたい。
びっくりしたい、感嘆したい。「℃-ute最高じゃん」と思いたい。
ついつい笑顔にさせられたい。
伝説のアイドルグループだなあーーー!!!!
℃-ute最高じゃん!!!