脳の「忘れる」機能の重要性を知ったときのはなし

嫌なことや、辛い経験は誰にでもあると思います。
自然に忘れていくことも、なかなか忘れられないことも。
忘れられないだろうと思っていたのに、時間と共に薄まっていくものもあります。

私は、基本的には、自分の嫌な記憶は「脳が忘れていく」のに任せることにしています。
それは、私自身が過去の嫌な記憶を思い出そうと頑張った結果、言葉が話せなくなった経験があるからです。

いきさつ

私には、物事の優先順位をつけるのが苦手だったり、部屋の整理整頓が苦手だったりする脳の特性があります。
そのため、洗濯をすることが苦手です。

あまりに苦手で健康に害がでてきたので、洗濯を人に頼むことにしました。
代行サービスというものです。

「代行サービスを頼もうと思っている」と友人に話したところ、
「それは甘えじゃないのか」「頑張ればなんとかなるのでは?」
と言われてしまいました。

それが悔しくて、

  • 頑張れば何とかなると思って頑張っていたら病気(うつ)になったこと
  • 当時どんなことを頑張ったか、失敗したか
  • 病気になったときの症状
  • 病気で苦しむくらいなら人にやってもらうのがどんなに良いか

を、具体例をあげて一生懸命説明しようとしました。

声が出ない!

友人を説得したくて、かつて頑張っていたことや失敗したことを10個は挙げたと思います。
途中で泣いてしまって過呼吸のようになり、私が落ち着くまで待ってもらいました。

20分くらい経って過呼吸が落ち着いたとき、自分の声が出ないことに気づきました。

たとえば「あー」と言おうとすると、
「……ぁ゛ー」
というように、声が出るまでに5秒くらいかかりました。喉がつかえたようで、音量も出そうと思った声の1/20くらいしか出ません。
また、声というよりは、うなり声のような、ゴロゴロとしたエッジボイスのような音しか出ませんでした。

また、会話をしようと思っても日本語が出てくるのが極端に遅かったです。
話したい気持ちはあるのに、日本語が浮かばないのです。
自分の思考回路が遅くなってしまったように感じてもどかしかったです。

経過:2~3日で良くなった

結論からいうと、2~3日でだんだん普段どおりに話せるようになっていきました。

当日の夜

声が出なくなってしまった日の夜、漫然と「生きていたくないなあ」という思いが浮かんできてしまい、危険だと思ったので病院にかかることにしました。(「生きていたくない」と思ったのは、うつだったとき以来数年ぶりでした。)

翌日

当日でも予約が取りやすいメンタルクリニックの予約を取り、翌日に診察を受け、お薬を処方してもらいました。
それが眠くなりやすい薬だったこともあって、たくさん寝ました。

翌々日

翌々日には、声は普通に出るようになりました。
しかし、まだ、思考回路が遅かったです。しゃべりたい言葉が頭に浮かぶまでに10秒くらいかかりました。

その次の日になると、考えることも話すこともスムーズにできるようになりました。

「生きていたくない」気持ちも浮かんでこなくなりました。
うつだったとき、「生きていたくない」という気持ちに支配されてしまう怖さ、つらさを体感していたので、早めに良くなって本当に良かったです。

「忘れていく」能力の大切さ

「忘れる」ことが人の大切な機能であると、何かの本で読んだことがあります。
声が出なくなったことで、それを本当に体感しました。

声が出なくなってしまったのは、私の脳にとって「忘れたほうが幸せ」であったために忘れようとしていたことを、無理に思い出そうとしてしまったのが原因だろうと思います。

声が出なくなった翌日に行ったメンタルクリニックでも、普段通っている医者にも、そういわれました。

悔しい思いをしたときなど、「この悔しさを有効活用して、自分のエネルギーにしよう」と思うことはあります。
でも、そうでなければ、私は「脳が忘れていく」のに任せることにしています。

とくに、この一件で、「脳が忘れようとしていること」は忘れてしまうほうが、自分の心身のためによいのだと実感しました。

どうすればよかったのか

分かってもらえない人を説得しようとしてしまったことが間違いだったんだなあ、と思います。

話し合いから降りればよかったのです。

味方になってくれる人を、ありがたいなあと思いました。

おまけ。好きなことば

人には得意不得意があります。

「なんてダメなんだろう」と考えて落ち込むくらいなら、人に頼んだほうがずっといいです。

「努力が足りない」と言ってくる人もいるかもしれませんが、そんなときは私が味方になりますよ。

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