恩師の誕生日と、今日の決意のこと。

おはようございます。
今日は、私の大切な恩師の誕生日です。

私の恩師のこと、そして私が今思っていることを書きたいと思います。

恩師との出会い

私がその先生と出会ったのは、中学1年生の授業でした。

中学に入ってから半年位は体力的に必死だったのであまり勉強もできず、
まともな成績を取っていませんでした。

だから、勉強が好きだった記憶もありません。

私は、その先生の授業なぜ好きになったのかを覚えていません。

 

ひとつ言えるとしたら。
私が先生から強く受け取ったのは、知識より「先生がその科目に対していかに情熱を持っているか」でした。

のちに気づいたことですが、例えば、おいしいお菓子を「これはおいしいですよ」「栄養もありますよ」「食べるとこんないいことがありますよ」と言うタイプの先生は多いです。
おいしい食べ方や、簡単な食べ方を説明するのが上手な先生もいます。

しかし、そのお菓子を「教壇の上でただただめちゃくちゃ美味しそうに食べる」タイプの先生に私はその後もあまり出会ったことがありません。

なぜだかは全くわかりませんが、(今考えても何かの魔法なんじゃないかと思います)
その1年間で私はその科目が好きになっていました。

先生が1年間の授業の最後(期末テストを返した後)、
「私のような、(この科目)をとっても大好きな先生がいたということを、よかったら覚えていて下さい」
とおっしゃったことは未だに覚えています。

(……私、ちゃんと覚えてる!)

その後の私1 (学生生活編)

私は中学2年生になりました。
先生は他の学校に転任されたので、私がその先生にお会いすることはなくなりました。

そして面白いことに、私はその科目を好きになり続けたのです。

 

いわゆる「食べ方の説明」が分かりやすい先生に出会った場合、「その時だけはその科目を好きになるが、
次の年に先生が変わるとまた嫌いに戻ってしまう」という話を聞くことが多くありました。

しかし私は、知りたいことを図書館で調べたり、両親に本を買ってもらったりして、その科目を勉強し続けました。

 

進路について調べていたとき、大学でその科目を詳しく勉強する学部・学科があるということを知りました。
私は大学に行くことにしました。

その後もその科目はずっと楽しく勉強し続け、ある大学の希望の学科に合格しました。

大学に入って、高校とは比べ物にならないほど専門的であることにびっくりしましたが、
楽しく勉強を続けました。

 

そんなある日、突然ベッドから起き上がることができなくなりました。

うつ病でした。
うつで倒れた朝のこと。気分が落ちたわけでも死にたくなったわけでもなかった。

その後の私2(闘病編)

大学に行けない日々が続きました。

大学に入学した当初は、他の大学院を受けることも考えていましたが、
そのための準備は出来ませんでした。

私が大学に入学した直後に頑張っていたことを知っていた教授が、
大学院に迎え入れてくださいました。

病気になってから大学院卒業まで、思う存分勉強ができた記憶は1度もありません。

そのまま大学院を卒業しました。
ドクターコースに行って、研究者になりたかった!
(研究者というのは大概変人で、日本語の使い方に長けておらず、HSPの私がその中に居続けるのは無理です。)

中学のときの恩師には、なかなか連絡を取れなくなりました。
なんとなく合わせる顔がなかったのです。

 

闘病を続け(5年)、

ADHDの疑いがかかり、診断を受け、投薬治療が始まり、

だんだんと回復し、

社会の中に自分が貢献する場所を作りたくて、その場所を自分で選びたくて、

奮闘して、

まだまだうまくいかないこともあるけれども、

ようやく。

「この辺りの人たちにこの辺りのことで貢献できるのではないか」ということがわかってきた。

これが今の私です。

 

今の気持ち

今から考えると、中学1年の授業中にも、
私のADHDらしい症状が出ていました。

先生がしゃべっていることの先が読めると、
「その先はもしかして~~で、~~で、~~ということですか」
などと口走ってしまい、先生に
「それを今から話そうと思っていたんだけど……」
と言われることがありました。

(これはその先生の授業だけでなく、私が中学と高校のいろいろな授業受ける中で、よくありました。)

先生に「実はあの後、ADHDであることがわかって今試行錯誤しているところなんです」と言ったら、納得してくださるのかなあ。それにしても連絡取らなさすぎだよなあ。

 

実は私はもうすぐ、その先生に習ったときの先生の年齢になります。
私はまだ、その先生のような誰かの人生に大きな影響与える素敵な仕事はできていないけれど、いつかそういう日が来たらいいなと夢に見ているのです。

 

病気が治ったら、「夢を見る」という素敵なことができるようになりました。

私は先生の誕生日を1度も忘れたことがありません。
なんとも意気地のない話ですが、年賀状・お誕生日・暑中見舞いと年3回、何年も悩み続け、今年のお正月には勇気を出して葉書を買いました。
その葉書はまだ書けていなくて、ずっと持ち歩いていて、今でもカバンの中に入っています。

今日こそは、その葉書をポストに投函しよう、という決意のブログでした。

よーし、出かけます!

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