うつで倒れた朝のこと。回復編 -9時17時の仕事を諦めた-

うつで倒れた朝のこと と うつで倒れた朝のこと。前夜エピソード。 を書いてきました。

今日は、回復していく途中のエピソードをひとつ。

「朝起きて、夜寝る」人になりたくて

うつの闘病中は、(内容は人によりますが)特定の考えが頭から離れなくて苦しむことがあります。
「生きていたくない」とか「将来に希望がない」とか。
私もこういった気持ちに支配されて苦しみました。

その中で私を一番長い時間苦しめたのは、
「朝起きて、夜寝るという当たり前のことができる人になりたい」という気持ちでした。

小学生でもやっている、
「朝7時くらいに起きて、8時くらいに学校に行って、夕方に帰ってきて夜9時や10時に寝る」
ということができなくて、自分を責めまくりました。

 

当時のわたしの一日

当時のわたしは、

  • 8時くらいに起きる
  • 朝ごはんを食べて二度寝
  • お昼ご飯を食べる
  • お昼寝
  • 夕飯
  • 夕飯のあと2~3時間活動する
  • 寝る

という生活でした。

自分が「朝おきても二度寝してしまうこと」や「昼間に何も活動できないこと」が嫌で嫌でたまらなかったです。

当時の私は、「社員として働くことができる以上の能力があるひと」がフリーランスや起業をして働いていると思っていました。

なので、何であれ「正社員としてまともに働ける」ことが、闘病するうえでの私の目標でした。

 

当時の夢は「定時で働く正社員」

療養を始めてから数年が経っても、朝おきて活動できる人にはなかなかなれませんでした。
「このままじゃ、9時-17時で働くOLさんもキャリアウーマンも夢のまた夢だ」と焦りました。

ちょうど、同い年の友人たちが社会人として働きだすころだったので、友人たちの近況を耳にするのが嫌でした。

目覚まし時計をかけたり、朝ごはんのときに無理やりコーヒーをたくさん飲んでみたりしました。

活動量を増やさなくちゃと思って早朝にウォーキングをしていた頃もあります。

心身の回復を待たずに無理をしていたためだと思いますが、どれも辛さのわりに効果はありませんでした。

 

夢を諦めたら、身体が動くようになった!

奮闘して5年くらいたったころ。
わたしにADHDという脳の傾向があることがわかりました。

このころ、まだまだ「9時-17時で働くかっこいい正社員」になりたくて、闘っていました。

ADHDとうまく付き合うためのライフハックを読み漁るなかで、
「ひょっとして、正社員として定時で働くこと自体がADHDにはとっても負担なんじゃないか」
と思うようになりました。

「定時で働く正社員」は、なりたい憧れの職業だしとてもかっこいいけれど、自分にとても向いていないとしたら…?

夢が叶わなくても、ストレスなくのびのび生きる方法があるとしたら……?

「定時で働く正社員」はのびのび生きる方法を捨ててまで叶えたいことかな……?

そもそも、「定時で働く正社員」以外にも、かっこいい働き方ってたくさんあるんじゃないか…。

 

私は、正社員になる夢を諦めることにしました。

その決意をしたころから、少しずつ昼間に活動ができるようになっていきました。

 

病気にならなかったら出会わなかった考え方に出会えた

映画「ツレがうつになりまして。」の中に、ツレが「うつになったころ、自分がうつになった”原因”を考えていた。最近は、自分がうつになった”意味”を考えるようになった」というようなことを話すシーンがあります。

わたしにも、うつになった意味が色々あると思います。
そのうちのひとつが、病気にならなかったら出会わなかった考え方に出会えたことです。

私は、「向いている仕事」というのは、一芸に秀でた人にだけあると思っていました。

病気になってから自分のことを知っていくなかで、「平々凡々なわたしにも向き不向きはちゃんとある」とわかりました。

あのまま病気になっていなかったら、自分にとって「社員にならずに働く」ことが「向いている」だなんて認めなかっただろうと思います。

 

まとめ

  • 誰にでも向き不向きはある
  • 向いているかなんて考えてもみなかったものに「向いている」こともある
  • 私がそう気づけたのは、病気になったからかもしれない

追記:「うつ病が治ったきっかけ・過程を振り返る ―闘病期間は6年でした」を書きました。自分のうつ病が治ったきっかけを書きました。

 

闘病期にお医者さんに教えてもらって取り組んでいた本

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